淡口醤油の起源は西播磨だった

龍野醤油の醸造の始まりは、天正15年(1587年)と伝えられている。龍野醤油業界が順調に発展した背景には、
1.龍野地方の中央を流れる揖保川の水質が醤油醸造に適していること
2.播州平野で産出される良質の大豆、小麦、米と赤穂の塩など必要な主原料が容易に入手できたこと
3.揖保川を利用した舟便で網干港から京都、大阪、神戸などの大消費地への輸送ルートに恵まれたこと
4.歴代龍野藩主が積極的に産業奨励政策をとったこと
等がある。
現在では、千葉県、香川県とともに全国三代産地の一つに数えられている。
寛文年間(1670年)、当時醸造業者の発案により、醤油もろみに米を糖化した甘酒(龍野は古くから酒造地として有名であった)を混入して搾った、色がうすく香りの良い「うすくち醤油」が発明され、独自の風味が京、大坂の上方の嗜好に合い、人気を獲得した。龍野醤油業界は、すでにこの当時で年産7,200kl(4万石)を出荷しており、今日の発展の基礎を固めた。
業界は明治9年から組織化を行い、昭和初期には組合員62名を数えた。またうすくち醤油の生産は年間33,000kl(18万石)に達した。その後、戦争により一時低迷したものの、昭和28年頃から再びその生産は活発化した。 昭和46年4月、中小企業近代化促進法により組合員の殆どが参加して合同出資による龍野協同醤油(株)を設立し、生揚醤油の共同生産を開始した。各組合員は、生揚をもとにして高品質醤油を生産し、各地市場の好評を博している。


